兵弱戦記

今日はお祭りですが、あなたがいらっしゃらないでは、何の風情もありません。

60年前、妻から届いたハガキを胸に、ひとりの兵士が死んだ。妻にとって、子にとって、そして母にとって かけがえなのない「あなた」がたくさん死んでいった。

兵弱戦記:新藤兼人

1944年3月30日 出征当日の新藤兼人と友人たち

一年半の兵隊生活であったが、一年間はみっちりと殴られ、精神棒をくらい、前へ支えなどあらゆる体罰をもらった。士官や下士官の中には 兵隊をオモチャのように思い、殴って遊ぶヤツもいた。

もっともわれわれ弱兵は、彼らから見れば歯がゆい存在であったかもしれない、三十前後のシャバの生活人だから、動作は鈍く、 頭の切れも悪く、殴って蹴り倒したくなるほど目ざわりのものであったのだろう。

だが、われわれも日本の兵隊だった。ケツが紫色になるほど精神棒で殴られても脱走などは考えず、命じられれば、火の中水の中でも 飛び込んでいく兵隊だった。爆弾が落ちる最中、壕の上に身をさらし、殴り殴られる兵隊であった。

日本精神にあふれ、祖国のために指揮をとる立派な軍人にけちをつけるつもりはいささかもないが、お前らはクズだ、と足蹴にされた 兵隊も、日本のために闘ってきた一人の日本人なのだ。

多くの戦記読物がある。だが弱兵の記録はない。なぜなら、彼らは穴を掘り、殴られ、雑役に追い回されただけだからだ。

そんなみじめな戦記を誰が書くか、思い出したくないのだ。戦争そのものを。