
新藤兼人は、1912年に広島県で生まれ、1934年に映画界に身を投じて以来今日まで実に73年もの間、映画への情熱を燃やし続けている。
1950年には、いち早く独立プロダクション・近代映画協会を設立しインディペンデント作家として誰からも束縛を受けない自由な映画作りを 宣言。「裸の島」(60)、「生きたい」(99)では2度にわたりモスクワ国際映画祭でグランプリを受賞し、社会現象にまでなった「午後の遺言状」(95) では日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめあらゆる賞を独占。21世紀の今もなお世界の矛盾や不合理と戦い前進し続ける“映画界の巨人”新藤兼人。
「陸に上った軍艦」は、95歳にして現役、日本映画界最高齢の新藤が、証言者として出演し自己の戦争体験を語ったドキュメンタリー・ドラマである。

1944年春、召集令状を受けて、32歳で広島県の呉海兵団に二等水兵として入隊した新藤兼人は、同年6月に宝塚海軍航空隊に配属、翌年上等水兵で敗戦を迎えた。
映画は当時の様子を克明に語る証言者としての新藤をカメラが追うドキュメンタリー部分と、彼の実体験を徹底したリアリズムで表現した再現ドラマが交互に登場。
弱兵目線で軍隊という組織の不条理さを描き、目をそむけたくなるほど辛辣でありながら、笑いもこぼれる滑稽さに満ちた作品は、脚本新藤兼人の真骨頂であるといえよう。

軍隊生活のばかばかしさがやがて哀しみにつながる「陸に上った軍艦」は、「生きたい」「三文役者」(00)「ふくろう」(03)で助監督を務め “新藤組”の屋台骨を長きに渡り支えてきた俊英、山本保博のデビュー作。
恩師の記憶を忠実に再現した山本の情熱と自身の体験を記録として残したいと願った新藤の執念がスクリーンで見事に結実した本作は師弟愛の映画でもある。
なお、新藤兼人監督作「生きたい」、「ふくろう」で主演を務めた大竹しのぶによる全編の語りが作品に風格を与え、聴きどころのひとつとなっている。